4時起き、早朝の便でソロへ。4年ぶりとはいっても前回は半日いただけ。空港にサルドノ・クスモ氏が迎えに来てくれる。有名な市内のスタジオに着き、ドアを開けてくれたのがいきなりHで、お互いにビックリした。サルドノが6月にNYでやる作品の稽古で今朝着いたばかりとのこと。スタジオとはいっても、敷地の中に古い建物の廃墟があり、そこでオープンエアーの稽古や上演ができるようになっているという独特の場所。AとPを紹介される。Aはほぼ初対面だがIDFで一緒になったことがあるらしくフルネームに聞き覚えがあり、もしやと思って聞いてみたらやっぱり Facebook ですでにつながっていた。鹿児島に4カ月いたことがあるそうでナチュラルな日本語が少しできる。Pにスタジオのあちこちを案内してもらう。彼も島根の神楽の人たちとワークショップを一緒にやったことがある(島根の神楽は最近急速に外部と交流をもつようになっているらしい)。
午前中はサルドノの過去の記録映像などを見せてもらいながら、色々な話を聞く。まず映像資料が予想以上にしっかり残されていて驚いた。作品は1979年の『メタ・エコロジー』が最も古いものと思われる。水田の泥の中にどんどん人がぶっ倒れて行き、うごめき続けているのだが、古典舞踊を習得したダンサーたちが演じているかと思うとその前衛性にはちょっと計り知れないものがある。他方で国内の各地を調査したフィールドワークの記録映像は1964年から撮影しているという。さらに世界中での上演記録を含む、かなり詳細なCVも完備されている上、インドネシア語で出版された著作『ハヌマーン、ターザン、ホモ・エレクトゥス』の英訳も出来上がっている。資料が充実していて感動。
サルドノの話はとにかくスケールが常に壮大で、またアーティストとして政治や社会問題にコミットして実際に状況を動かしてしまう。昔のジョクジャカルタの王族が出てくる物語を、本当にジョクジャカルタの王宮で上演して、しかも現在の本物の王子を出演させたり、あるいはアチェに行って、排他的な各部族の芸能のマスターを集めて交流をもたせたり、ソロで民族対立が起こった時に各民族の長を集めてフォーラムを開くという活動もしている。政治家ではなくアーティストだからこそできる、直接的な政治行動というものがあるのだ。さらに学生を指導して色々な地域のコンテクストに介入したパフォーマンスも作らせていて、それがいちいち面白い。
屋外でまったりとランチの後、仮眠。しばらくして、壁をノックする音と、自分の名前を呼んでいるらしき声が、夢うつつの中で聞こえ、ドアを開けたらHとAが買い物から帰って来て中に入れずにいたのだった。
夜、アート・インスティチュートに舞台を見に行く。ロビーでソロ在住のMに会った。舞台はヌリヤントという振付家の作品で、ジャワ舞踊の動きをベースにした十人の男性ダンサーによる抽象的な集団即興。前半はジャワのガムランだが、後半はリゲティのピアノ協奏曲になっていて、曲のまんまのポリリズムポリフォニー的な即興が1時間に渡って続く。ガムランからも多大にインスパイアされたリゲティポリリズムが再びインドネシアに帰国していると思うと面白い。途中から雷雨になり、帰れない人たちがロビーに大勢溜まっている。ソロ在住のKに会う。フランス人と結婚して、もうすぐパリに移住するとのこと。いきなりトマス・レーメンにも会う。ゲーテ・インスティチュートの招きで二週間かけてインドネシアをあちこち回り、今までまったく知らなかったこの国のダンスについて帰国までにレポートを書かねばならないとのこと。タクシーをつかまえ、HとAと一緒に道端の店でサテ・アヤムを食べ、サルドノと合流してレストランでワインを飲み、歩いてスタジオに帰って寝る。