人がくしゃみをする瞬間というのはスリリングであり裏切られることはない。どんなくしゃみもほぼ例外なく意外な音響でその人の私的世界の一端を開示する。親しい間柄でも、思いがけないくしゃみの一撃によってその人が自分から遠くの世界へ一瞬ワープして何食わぬ顔で戻ってくるように思われるものだが、見知らぬ他人の場合、ただ声を聞くというだけでも情報漏洩なのに、しかもコントロール外の音声である。他人のくしゃみが全部「ヘン」に聞こえるのは要するに自分のくしゃみが基準になってるということに過ぎないが、周囲の空気を大きく吸い込んで一瞬引っ掛かるようにためて破裂する自分のくしゃみの大袈裟さにも時々ウンザリする。とはいえそれに慣れてしまっているので、女の人に多い「ンクシュ。」あるいは「ンキュシュ。」というあの、ささやき声みたいな、ヌイグルミの先端のピンク色の鼻のバッテンみたいな、抑えに抑えた挙句に噴出したそれをさらに瞬間的な対応で内側へ巻き込んで最小限にセーヴし「私ガンバリました」と上目遣いをするような、プリティなくしゃみに遭遇するとこちらの鼻はむしろ白む。スケールの小ささを誇示して世を斜に見ているような印象を受ける。というか、え何今の、くしゃみ?と動揺させられることもままある。