ありとあらゆる意味において無理をして、飴屋法水演出の『転校生』を見に静岡まで行ってしまったがその甲斐はあった。「女子高生」というステレオタイプを、リアル女子高生の身体によって辛うじてすり抜けつつ、社会的カテゴリーとしては厳然と存在する彼女らを、しかしある種の不定形な「生きもの」の群れとして舞台に載せることに成功しているように思った。平田オリザの戯曲自体はそれほど面白いものには思えなかったけれども、18人の身体と言葉がポリフォニックにうねり出す強烈な瞬間もあり、「複数」であるということについてのヴィジョンがじわじわと立ち上がって来るのは戯曲+演出+役者の合力以外の何ものでもない。それにしても出演者たちはおそらく演劇部とかなのだと思うけど、超リアル女子高生演技とでもいうべきものが完璧に身についていて何とも不思議な感じだった。リアル女子高生を演じることのできるリアル女子高生。リアル大学生を演じるリアル大学生とかはあまり想像できない。女子高生は日常的に女子高生を演じることで生きているということなのかも知れない。
ぼくは「東京グランギニョル」とかも全く知らなくて、飴屋法水の作品といったら「日本ゼロ年」の時の展示とか「バ  ング  ント」展ぐらいしか見たことがない。しかしそれもむしろ「動物堂」時代の『キミは動物(ケダモノ)と暮らせるか?』('97、筑摩書房)[amazon]を読んで衝撃を受けたからだった。これは手塚夏子さんと「カラダバー〜動物のからだを凝視する〜」をやった時に、手塚さんに貸した本のうちの一つでもあり、つい最近文庫化された(文春文庫)[amazon]。
おそらく初めて私用で新幹線なんか使ってしまった。駅に着くたびに「いい日旅立ち」が流れるのはメロウ過ぎてどうかと思う。