白州最終日

二日ぶりの睡眠から爽快に目覚め、同宿だった森山開次さんに洗面所で初対面。きわめて饒舌で背の高いペンションのおばさんに見送られつつ、森山さん一行とともにSさんの運転で本部まで戻り朝食。美味い。基本的に野菜と穀類のみなので、みんな「肉が食いたい」と言っているが、その心はいったい肉の何を欲しているのであるか。少なくとも(まだ二日目の)ぼくには、野菜と穀類の美味さの圧力によって「肉」なるものの本質が曖昧化していくような気さえする。オンドレイさん&ヤナさんは林業を営む「ムトウ」さんの家で寝泊りしているらしい。
ブラブラとキャンプ場まで移動してもう少し話の内容を膨らませる。「ダンス談話」は10時から「竹の舞台」で。最初あまり人が来ていなかったが徐々に集まって最終的にはそこそこ。とりあえず、だだっ広く開けた空間はどうして踊りづらい(と感じる)のか、という話から。踊り手における空間感覚とは何かといえば、それは自分(体)と自分ならざるものとの間の距離の遠近の意識であると。そして例えばあまりに遠いところに山があるに過ぎないような場合には空間感覚が得にくい。「寄る辺ない」状態。踊りというのは何かと絡まないと始まりにくいもんであるということは今回はっきり認識できた*1。要するに自分の外に何か対象がないとすぐに意識が自分の体に帰って来てしまうのではないか。同時にまた観客との距離。距離が開きすぎると、観客の側も単なる「傍観」に近い状態になる。その他、「界面」の話や、一次運動(振り)/二次運動(踊り)の話や、人間と動物とダンスなどの話題と、踊りの描写および批評を織り交ぜて40分ほど。何しろ「作品」のレヴェルではほとんど語れないので苦労した。後半は森山さん、正朔さん、長谷川さんにも話を聞く。特に正朔さんの話はリアルで面白く、振りは体への異物として、反発を招くようなノイズとしてあるという考え方など実に刺激的だった(そしてこの場の進行役としては助かった…)。相変わらず話すのが下手で自分がイヤになってしまうが一応ぼちぼち成立していただろうか。やっぱ難しい。
しかしぼくの話を、あのハンス=ティース・レーマン氏が聞いてくれていて驚いた*2。しかも優れた同時通訳が行われていたようでぼくの話はきちんと伝わっていた。「界面」の話とか、「ダンスを見ることと動物を見ることはどう違うのか」みたいな話とか面白がってくれて光栄の至り。そういえば先日「ノマディック・プロジェクト2」の時にTさんが「レーマンさんが来てる」と言っていた。最近とりわけダンスに関心が向いているとのことだった。夫妻(奥方も批評家)は東京から利賀村へ回って、そこから白州に来ている。キャンプ場のカフェで正朔さんとさらに話していると地震。結構大きく、地面が揺れてるのが直にわかる。普通建物の中にいる時は建物の揺れだと思う。昼食をとりに本部へ移動。レーマンさんとフランクフルト・バレエの話、「ノマディック〜」の話などしながら炎天下の中をトロトロ歩く。白州は本当に色んなネットワークが交錯していて、その風通しの良さ、「場」としての活性の高さは並大抵ではない。相互に無関係ないくつもの文脈に属している色々な知人に会ったり、また新たに知り合えたりする。
テラスでは、昨日知り合ったMさん。彼はフィルムセンターのUさんの知り合いであり、ポット出版のOくんの後輩でもある。もはや、本当は全人類がこのようにして互いに関係しているのではないかと思えてくる。ピースフルなイメージである。斉藤さんと正朔さんとレーマンさんとSさんとでテーブルを囲む。
午後の独舞の会場へ車で移動。車中で、明日「ダンス談話」を担当される伊地知さんと初めてお話しする。田んぼの奥にある「水の舞台」は、もともと美術作品だった浅く巨大な金属のプール。すでに多くの観客が集まっていて、Nさん夫妻や、午前中はザック・フラーさんのWSを受けていたTさんも来る。ふと見るとカメラマンのOさん夫妻が並んで座っていた。本当に色んな人が来ている。康本雅子は昨日ぼくが貸したレインコートに、パーティグッズのウサギの耳(これの現地調達が大変だった)を付けて現われた。時々小雨がパラつく。休憩時間にパンの販売が始まり、Tさんは食事にありついた。ぼくはビールを飲みっぱなし飲んでいる状態。アウトドア飲酒ほど気持ち良いものはない。木村由のパフォーマンスが終わったところでSさん(志賀信夫さん)は帰京。今日の夜、麻布die pratzeである金魚の公演のアフタートークを担当されているため*3。雨も上がって、フランク・ファンデフェンの踊り。彼は白州初期のメンバーで、久しぶりの復帰ということもあり一際多くの観客が集まっていたのが印象的だった。
本部に戻り、しばし時間を潰して、そろそろ帰り支度。本当に短い滞在だったが、こういう環境では自分も自然のサイクルの中にきちんとはまり込むものだということを実感できた気がする。食べて飲んで、燃やして出して寝る。この自分の体もまた環境の一部として絶え間なく代謝している、複数の流れの束なのだ、とか、その複数性は速度とリズムによって定義されるのだろう、とか、あまり普段考えないことを考えた。考え続けようと思う。斎藤さんや、会場アナウンスなどをしてくれたHさんその他、お世話になった方々にお別れして、記念撮影して、森山さん一行、長谷川さん一行とともに車で日野春駅へ。甲府までは全員一緒で、森山さんと話した。森山さんはこれまで一度もカンパニーに正式に所属したことがなく、今後もずっと一人でやっていきたいということだった。その口ぶりに、感覚的に感銘を受けたのだが、何に感銘を受けたのかと考えてみるに、「一人で」やっていくかどうかということではなくて、何にせよそういう覚悟というかポリシーというかヴィジョンをきちんと口にしている、というところが新鮮だったのだろうと思う。甲府で皆さんと別れ、特急で帰宅。

*1:森山さんは踊りが発生してくるまで根気強く(開演15分前から!)空間と身体をまさぐり続けたが、正朔さんは舞踏の型を持ち込んでいきなりスタートした。ぼくはそのことに異議を唱えた。

*2:いうまでもなく『ポストドラマ演劇』('02、同学社)[amazon]の著者。

*3:金魚の「推薦人」はぼくだが、アフタートークの司会は引き受けなかった。別れ際に志賀さんに携帯でヘンな写真を撮られ、後で聞いたらその写真はアフタートークで活用されたらしい。ひどすぎる。