アピチャッポン・ウィーラーセタクンの『ブリスフリー・ユアーズ』('02)をDVDで見る。アジア会議の時にFから「お土産」と言ってもらったのだが、何となく置きっぱなしにしてしまってた。素人っぽい役者の朴訥なセリフとか身振りを粘って撮った長回しが多く、なかなかコンセプトがつかめないまま、時折り「これかな」とよぎるものを無意識に感じつつ生々しい映像に浸っていたり、同時にまた微妙にスリリングな登場人物のせいでドラマを期待したりもしつつ、ほぼラストの(結果的にほぼラストだった)ショットで「うわー」と平伏。川の岸辺で恋人の横に仰向けになってまどろんでいる少女のアップで、何かに気づいて目が覚めかかったり、その目がまた閉じていったり、その目覚め方にも、目の閉じ方にも、何種類もあって、その度ごとに覚醒と睡眠の配分の度合が違うわけだし、またその違いは「雑音に煩わされつつ眠い」だったり「無視して眠ろう、しかし意識すると目が閉じない」だったりする個々の異なる出来事でもあり、さらには、涙が瞳に溜まったり、あるいは閉じた目から流れ落ちたりする時、それは心地よい眠気から来るものなのか、ミャンマーからの不法移民である恋人との将来のことを漠然と半睡状態で考えているのか、決して意味が定かでないだけでなく、本人にとっても決して一つには定まらない意味の未分化な「塊」としての出来事になる。そしてこういう、ざわめき・波立ち・渦巻き・揺れる動きが、雲とか、アリとか、木の実のまばらな実り具合とか、水に流れてくる枯葉の回転とか、ありとあらゆるものにも宿っている。微細な震えが、記号を解体する。この映画の長回しは、均質な時間を延長するのではなくて、むしろ映像自体が震えて自らを細かく刻んでいくのを見せる。何か人の視覚体験を根本から揺るがしかねない映画であると思う。もう一回見たくなる。