第四日

今日は午後に小さな公演があるだけで、後はフリー。アルと朝食をとっていたらティエリーが来て、今日帰国してしまうのだという。先日の映画の感想を伝えると、ヴィデオを送ってくれると言っていた。朝食の後はアルと本屋を覗きに行くことにしたのだが、ぼくとしては早くも服を洗濯する必要があり、まずはコインランドリーに行きたい(旅行の時は荷物をギリギリまで少なくするのでいつもこうなる)。するとアルも洗濯物を持ってきて、一緒にこれをランドリーに突っ込んでおけば本屋へ行って戻ってくる頃には乾いてるだろうと言う。やたら時間を効率的に使いたがる性格はジャーナリストゆえなのか。ぼくは知らない土地へ行ったらできるだけまったりと過ごすことを好む。テーマパークじゃあるまいし、観光ポイントとかを駆け回るよりむしろダラダラとコーヒーやビールやワインなどを飲んで、ごくたまに地図や地球儀などを思い浮かべたりもしつつボサッと街を観察して「あぁ、ここにいるな…」という実感を噛み締める方が意味深いと思っている。走っている車の種類や手入れの度合、排気ガスの臭いの質感、地下鉄の音やドアおよび座席の構造、街に住んでいる鳥の種類、天気、人々の服装、行動パターン、風習、お釣りの渡し方、路地の構成、大手チェーン店の進出具合、CMや貼り紙などなど、こういうものに何とも微妙に独特なカラーを見つけるのが旅行における楽しみだ。ちなみにダブリンは河口から近いので、中心部を流れる川周辺にはカモメがいる。天気は毎日、一日を通して変わりやすく、日が照っていても風は冷たく、かと思うと雨粒がパラパラ落ちてきたりする。上着は常に手放せなかったが、地元の人は総じて薄着で女の子は平気でヘソを出している(インドネシアから来たリアはとんでもない厚着をして震えていた)。それはともかくフロントで近場のランドリーを教わり、うらぶれた界隈に足を踏み入れると、工場のように見える殺風景な市場があったり、建物の解体工事をしていたり、パブでは朝から飲んでいたりして、ランドリーが見つからない。ホテルに戻って別の人に聞き、商店街の方へ向かう。てっきり川の南側が街の中心部なのかと思っていたが、北側にも大々的に商業エリアが広がっている。むしろこっちの方がデパートや生活感のある店が並んでおり、南側は歴史的建造物や観光スポット、オシャレ系のレストランなどが多くて観光客&若者向けのようだ。道の途中でコンサートのポスターがあって、ザ・コアーズ(後で知ったのだがザ・コアーズのヴォーカルは、あの素晴らしい映画『ザ・コミットメンツ』(アラン・パーカー監督)のメンバーだったらしい。『ザ・コミットメンツ』。いまだにチラシをとってある)の隣に、スザンヌ・ヴェガを発見。「わー、生きてたんだ!」と言ったらアルも同じセリフを同時に口走っていて大笑いする。少し歩いて店を見つけるとそれはコインランドリーじゃなくクリーニング屋だったが、安かったので預けてしまって、早速一軒目の本屋へ入る。一階が新本、地下が古書、しかしめぼしいものは見つからない。驚いたのは「哲学」と書いてある棚がほとんど「神学」かキリスト教がらみの本で占められているという事実だ。中型の店舗で品揃えもしっかりしていそうなのに、通り一遍の古典のペーパーバックすらない。もしかしてヤバい国、という不安がよぎる。やっぱり「哲学」=「神学」な国はヤバいだろう。ていうかいつの時代の話だ。アルの方も収穫はなかったようで、次にオコネル通りというメイン・ストリートにある大型書店 Eason へ向かう。途中に銀色の超巨大円錐、塔のような彫刻。オコネル通りは広いブールヴァールで最強に賑やかだ。
中央分離帯にはアイルランド史上の偉人の像が点々と並んでいる。

書店では45分後に待ち合わせということにしたが、ダンス関係の本はほとんどない。演劇も戯曲ばかり。哲学の棚はさすがに少しあって、John Gray という人の Straw Dogs: Thoughts on Humans and Other Animals を買った。イギリスで2002年に出て大変な評判をとっているようだ。アルはポストカードしか買っていなかった。昼食をアイリッシュ系のカフェでとる。何となくこの国の食文化のイメージはパッとしないが、意外にもローストチキンが非常に美味しかった。ぼくは午後の公演まで原稿を書くことにしてホテルへ戻り、アルとは別れる。夕方になってプロジェクト・アーツ・センターへ行くとコンスタンツェがいた。とりあえずインスタレーションを見る。コンスタンツェの説明によれば、人の動きに反応して音とか画面が変わるというやつのようだ。公演はアメリカのポスト・モダン・ダンスを地元のダンサーが踊るソロが二本。夜は誰も食事をしないというのでぼくもコンビニで買物をして帰って仕事して寝た。