第七日

けっこうヒマな時間が多いからみんなあちこち観光しているみたいだが、ぼくは日本から持ってきた原稿がたまっているため気が気ではない。空き時間はホテルとネットカフェで仕事をする。昼は財団のチュラマニー女史らとランチの予定が入っていて、Avoca という店へ行く。見た目は普通のフェミニンな雑貨屋で、子供のおもちゃなども売っている。本当にここなのかとウロウロしていたらデアドレに声をかけられ、何階か上まで上がっていくとそこにレストランがあるのだった。Lonely Planet には「知る人ぞ知る女性の隠れ家」的な紹介のされ方をしていて、確かに表には表示がないので知らなければちょっと気づかないが、中は大変賑わっている。チュラマニー女史はタイ人。アルとはタイ語で喋れる。さらに地元の批評家クリスティーンも来て、ますます女性の比率が高まった。何せ男はぼくとアルだけだ。リスをしばらく見かけないが、ここにも来ていない。ランチの後、デアドレの案内でトリニティ・カレッジ近くの本屋へ行く。店舗はあまり大きくないが、ダンスや演劇をはじめ人文系の本が揃っている。哲学の棚もちゃんとあるし、専門の雑誌なども入っている。こいう場所は自力で探そうとしてもなかなか見つからないし、そもそも書店というのはガイドブックなどにもあまり載っていないものだ。ここでリアが重度のビブリオフィルであることが判明した。ダンスの棚から片っ端から抜いて買いまくり、すごい荷物を抱えてホテルへ戻る。夜はプロジェクトでジョナサン・バローズを見た。横浜赤レンガ倉庫で去年見たやつだが、やはりこういう街中の、フラッと気軽に立ち寄れるようなハコでやるのに相応しいピース。衣装も音楽も照明すらもない、座ったままのデュオという簡素さがむしろ痛快ですらある作品なのだが、これを桜木町の駅から赤レンガまでテクテク歩いていって何千円も払ったら印象も悪くなるに決まっている。コンスタンツェもベルリンで見たことがあるらしいが、前と比べるとちょっとアイロニーが薄まったかなと言っていた。ところでナターシャの話によれば、リスは昨日帰国したらしい。何でも盲腸で、即入院して手術だという。何でまたこのタイミングで盲腸なんかに。気の毒というか、せっかく知り合ったのに残念だ。今日はナターシャの景気が良く、四人でまた Ciao Bella へ行った。ナターシャはかなりの日本通で、舞踏とか映画とか色んなことを根掘り葉掘り質問攻めにあった。しかもただの通というだけじゃなく、北野武の映画がもういい加減トゥー・マッチな感じになってるとかそこそこディープな話が通じる。向こうも北野のナルシズムについて意見を共有できる相手に会ったことがないらしく、映画の話ではずいぶん盛り上がったが、黒沢清を知らないので強く勧めておいた。フェイヴァリットは溝口で、そこから『雨月物語』とか古典文学の話題にまで飛ぶ。そこまでいくとぼくはほぼお手上げだ。ギリシャ人は『イリアス』とか『オデュッセイア』を読んでるのかと聞いたら、学校でちゃんと読むと言っていた。日本語とインドネシア語ギリシャ語で色んな言葉を教え合ったりもした(こういう時ドイツ語はメジャーすぎて話のタネにならない)。ぼくは何度聞いてもすぐ忘れてしまうのに、ナターシャはすぐ覚えて繰り返すことができる。食事の後、Botticelli というアイスクリーム屋へ行く。皆は何度か来ているようだ。イタリアの食べ物は本当に人気がある。