クロ

こう暑いともう空気が物質感を帯び顔にモワッとかぶさってきて、魚が水の中にいるみたいにヒトも大気の中で生きているのだなあと思う。
スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』('02、デヴィッド・クローネンバーグ監督)を見た。母親を父親が殺すシーンの短さと、その死体を父親と愛人が蹴っ飛ばして墓穴に突っ込んじゃうシーンの野卑な感じが実に非現実的で、それでいてこれ見よがしに悪ぶったところがなく出色なのだけど、そういう細部をほじくり出してこなきゃならないほど全体は見事に空っぽ。だいたい画がクローネンバーグっぽくない。この人は予算が大きくなってからも信じがたいほどB級な画を作り出してきたわけだが、妙に取り澄ました深みのある照明に、説明的リアリズムとでもいうべき衣装と役者ばかり出てきて、クローネンバーグを見ているという実感がなかった*1。表現をスタイリッシュに抑制しすぎて結局何だかわからなくなってしまったという感じ。
それにしても、こうもつまらないと冴えない副題も涙ぐましい努力に思えてくる。「少年は」とか(笑)。こういう特殊な語彙がポンと出てきちゃうところが映画のダサいところ。なぜか公式サイトで日本版の予告編を見てみた。異常なまでに退屈な本編の後に、客を呼ぶために作られた予告編を見る。これほど意地の悪い楽しみはない。そして実際、それは愉快な体験だった。よくもまあこれだけクローネンバーグっぽくできるもんだと感心した。衝撃的で不気味なシーンがてんこ盛りのヘンタイ映画に見える、クローネンバーグ以上にクローネンバーグ的な予告編だった。
はねるのトびら』はハズレの日。その後、この日記のコメント欄で教えてもらった『WORLD DOWN TOWN』を初めて見た。仕掛けに混乱したせいか、正直よく理解できなかった。映像は面白いんだけど。

*1:あといつもよりカメラの位置が高くて被写体が大きい、気もしたけどこんなのはほとんどデタラメ。でも構図がクロっぽくないという印象はあったのだ。