主張

本屋で本を大量に買ってしまい大変な思いをして歩く時のあの何ともいえない優越感を久しく味わっていないが、電車の中でたまたま自分を含む周りの人がみんな本を読んでいたりすると不思議に気分が昂揚する。他人のことなど一顧だにせず各々ひたすらハリー・ポッター、西村京太郎、ハーレクイン、囲碁ドストエフスキーマーケティングといった具合に、自分に必要な活字に喰らいついているさまは、一人一人が孤独であるだけにどこか崇高な趣きを漂わせる。お互いに断絶している、積極的に切れているということが余計にその内面のドロドロを暗示して、よし自分も負けてはいられないという気分になる。全く恣意的な線引きだが新聞・週刊誌・漫画と、あと図書館の本の読者はこの想像の文学共同体から排除される。音漏れウォークマンと酔っ払いなどはすべて敵である。
どうでもいいし今さらだがとにかく腹立たしいのは北島康介流行語大賞だ。メダルを取ったらこう言おうと小賢しく準備していたことぐらいあのインタヴューの唇のひきつり具合を見れば一目瞭然で、後ろに誰かプロモーターが付いているのか、それとも自分からご丁寧に話題作りをしようと考えたのか知らないが、あの後いったい誰があのわざとらしいセリフを口にしただろうか。少なくとも流行なんかしていない。あの瞬間、誰もが「わざとらしい」と思ったのだ。なのに事なかれ的に予定調和を共有したがる。そもそも「流行」なんていうつまらないものが相手だとはいえ、せっかく賞を作ったのなら退屈しのぎでももっと真剣にやるべきだと思う。