機械

物事に優先順位を付けて効率的にこなしていくことが大事とはよく言われるが、優先順位を付けても、その作業にかかる所要時間を適切に見積もることができなければ意味がないのである。仮に優先順位の高い作業が遅れた場合、ただ順繰りに全体がズレていくのならまだしも、実際には、少し予定が狂うと優先順位のランキング内部に変動が起きる。予定の中には、多少ならズラせるものと、絶対にズラせないものとが混在しているからだ。もちろん多少ならズラせるものも、できるだけズラさないべきなのであり(ズラしていいのならむしろ初めからその位置にランク付ける)、優先順位リストを本格的に立て直すようなことをせず、何とか元のペースに復帰したいと思っていると、やがて絶対にズラせないものの締切が堂々と視界に入ってくる。いつまでも往生際悪くもがいていると、絶対にズラせないものにかけられる時間がますます削られることになる。
人の一生もまた限られているのだから、効率よくやらないと、やりたいこともろくにできないまま終わってしまう。というわけで今年は(も)、いかに舞台を見ないかが課題となる。とにかく見ない。人が聞いて呆れるほどスルーしまくる。毎年のようにこう決意しながら、いつも気が付くとあれこれ見てしまっている。好奇心が敏活であり続けることはまあ良いとしても、少なくとも惰性でやっているものを惰性で見続けることを意識的に止めなければならない。これはささやかな努力でできることだし、努力する価値がある。何しろ長くてあと数十年しかないのだ。