年末になると「2007」という数列を頻繁に目にして、もう2007年が来るのかなどと思いつつ、いざ年を越すとその2007年を越したような気がしてしまい、一瞬「もう2008年か」と思う。気づいた後も既に「2007」には何となく見飽きている。毎年。
今年は5月からしか日本にいなくて、7月も後半はいなかったのだけれども、2006年の日本のダンスとかを振り返ってみる。作品単位で選べるものは本当に数がなく、ダンサー単位での方が充実していた気がする。
ベスト5作品:
●有吉睦子『a requi M』(8月、plan B、Dance Theatre LUDENS ショートピース公演)
●ほうほう堂×チェルフィッチュ『ズレスポンス』(10月、旧麻屋デパート、踊りに行くぜ!! vol.7(前橋))
●神村恵カンパニー『山脈』(11月、森下スタジオ・Aスタジオ、STスポット レジデンシャルアーティスト 公開リハーサル)
近藤良平/コンドルズ『HONEY(11月、青山劇場、ダンストリエンナーレ TOKYO 2006)
チェルフィッチュ『エンジョイ』(12月、新国立劇場・小劇場)
順位なし。有吉睦子は京都で活動していた人で、アイディアに寄りかからずフィジカルな想像力で地味だが強いダンス作品を作り出している。ほうほう堂×チェルフィッチュは全くの新作ではないが大分付け加わっているとのこと。演出のみならず動きのコンセプトもクリアーで全てが効果的、二人のスリリングな呼吸のやり取りだけで引き込まれてしまった。神村恵カンパニーは2月のアゴラ公演に向けた公開リハーサルの段階だが、このスタジオでしかやれないことをやっていたし、とにかく圧倒的に面白かった。互いに無関係なものの冷酷に緻密な並置がなぜか笑いを引き起こす。コンドルズは続けて見ているわけではないのだが、いわゆるダンスで言い訳することなく「学芸会」を徹底して巧くやり抜くシニシズムに血も凍った。過激。チェルフィッチュは純粋に面白かった。フィジカルなもの(身体や物など)に潜在している意味をここまで引きずり出し、転がして変形させ、「現実」へと差し向ける武器にしてしまうことができるという、それだけで勇気を与えられる。
ベスト5ダンサー:
白井剛(8月、津田ホール、アルディッティSQ+ケージ+白井剛「アパートメントハウス1776」)
●大倉摩矢子(9月、テルプシコール、大倉摩矢子『明日へ。』)
●ルイーズ・ルカヴァリエ(11月、青山円形劇場、ダンストリエンナーレ TOKYO 2006)
●スー・ウェンチー(11月、青山円形劇場、ダンストリエンナーレ TOKYO 2006、アルコ・レンツ/コバルト・ワークス『heroine』)
●佐東利穂子(12月、新国立劇場・中劇場、勅使川原三郎『ガラスノ牙』)
順位なし。白井剛は全く独特の踊り(振付じゃなく、単なる個性でもない)を生み出した。ケージの音楽への、純粋に感覚的なこんな寄り添い方ができるダンサーは他にいないと思う。大倉摩矢子は古典的技巧を過剰なまでに洗練させている。これがマニエリスム的に加速していったならば大変なことになる気がする。ルイーズ・ルカヴァリエは速度やパワーで威圧しなくても、それ自体で迫力のあるダンサー=身体だった。作品がどれもつまらなくて残念。スー・ウェンチーはほとんど「まずこの人ありき」の作品で、重厚なテンションが途切れないどころか見る者のそれを巻き込んでどんどん分厚くなっていく踊りだった。翻弄されるままに息を詰めて見ていた。佐東利穂子は前半のソロパートが凄かった。『KAZAHANA』では線的な動きの中に漲っていたパワーが、思い切り破裂しまくっていた。